精液検査で気になること

当院クリニックでは、現在精液検査を行う場合、自宅で採取した精子を採精カップに入れてクリニックまで持参していただいております。採取から2時間以内に検査に提出していただければ、所見に影響がないと言われております。とは言え、クリニックから遠方の方が持参される場合は、2時間を超えてしまうケースもありますし、運動率は以前と変わらないが、前進運動率が不良な方も多くいらっしゃいます。

そこで当クリニックでは一つの仮説を立てました。採取した精子は時間の経過とともに運動率が低くなり、原因は様々考えられますが、その一つに「酸化ストレス」があるのではないかというものです。

「酸化ストレス」とはどういったものなのでしょうか?

体の外に精子が射出されると、空気に触れることになります。これを酸素濃度で考えると、精子は体内の低い酸素濃度から体外の高い酸素濃度にさらされることになります。

このため、酸化ストレスを考える必要があるのです。酸化ストレスは活性酸素種によって引き起こされ、精子の運動性低下の一因となるものです。

身体の中での酸化ストレスを減らすには、減量や、バランスの取れた食事、適度な運動、禁煙、飲酒回数を減らす、などがありますが、それ以外に抗酸化剤(ビタミンC、ビタミンE、アスタキサンチン、メラトニン、レスベラトロールなど)の服用があります。

精子の場合は、同様にして酸化ストレスを減らすことができるのでしょうか?

ここで、培養室に持ち込まれた精液は、どのように処理されるかを説明します。

最初に精液量、色調などを確認します。そのあと精子カウントを行います。採精カップをぐるぐると回して液化しているかを確認します。採精直後の精子は粘調度が高いため、液化(水の様になる)を待ちます。人工授精の場合は、採精カップに精子洗浄のためにHEPSという液体を注入します。そのあとに調整した2層のパーコール液を精液を全量注入します。遠心処理を行いIUI用に調整していきます。

最も酸化ストレスにさらされるのは、採精してからクリニックに来るまでの時間です。今後行っていく臨床研究ではHEPES液の代わりに、抗酸化剤を含んでいるGx-MOPSという培養液を使用します。Gx-MOPSにはアセチル-L-カルニチンという抗酸化剤を含有している培養液です(以下L-カルニチン)。

L-カルニチンとは?

L-カルニチンは肝臓で生合成されるアミノ酸です。L- カルニチンは長鎖脂肪酸をミトコンドリア内に運搬し、酸化(燃焼)することでエネルギーを産生しています。

L-カルニチン不足すると、燃焼されずに残った脂肪が蓄積されて、肥満につながる可能性があります。L-カルニチンは骨格筋や心筋に多く存在し、脂肪酸を燃料として利用しています[1,2]。

一方、精液中のL-カルニチン含有量は精子数と精子の運動率に直接関係があることから[3,4]、男性の不妊治療を行う上で、L-カルニチンは重要である可能性が示唆されています。

L-カルニチンは細胞内のミトコンドリアに抗酸化力を発揮して精子の運動率低下を抑制するといわれており、海外のクリニックでは特に採精2時間後では無添加の群と比べてL-カルニチンを添加した群では有意に運動率の低下が抑えられたとの報告もあります[5]。

また、国内のクリニックにおいてはGx-MOPSの添加によって採精後の運動率低下を抑えられたとの報告があります[6,7]。

使用方法ですが、人工授精や体外受精の日程が決まれば、採精カップをお渡ししますが、その際Gx-MOPSをお持ち帰りいただき、精子を採取した後に、採精カップに注入してもらってから持参して頂きます。

コロナ禍においてメンズルームの使用を制限しており、患者様には大変ご迷惑をおかけしておりますが、人工授精や体外受精の患者様が少しでも多くの良好運動精子を用いることが出来るようにとの思いからこの臨床研究を行うこととなりました。

ご希望の方は医師までお申し付けください。この臨床研究は10月8日より開始いたします。

  1. Rebouche CJ. Carnitine. In: Modern Nutrition in Health and Disease, 9th Edition (edited by Shils ME, Olson JA, Shike M, Ross, AC). Lippincott Williams and Wilkins, New York, 1999, pp. 505-12.
  2. The editors. Carnitine: lessons from one hundred years of research. Ann NY Acad Sci 2004;1033:ix-xi.
  3. Menchini-Fabris GF, Canale D, Izzo PL, Olivieri L, Bartelloni M. Free L-carnitine in human semen: its variability in different andrologic pathologies. Fertil Steril 1984;42:263-7.[PubMed abstract(英語サイト)]
  4. Matalliotakis I, Koumantaki Y, Evageliou A, Matalliotakis G, Goumenou A, Koumantakis E. L-carnitine levels in the seminal plasma of fertile and infertile men: correlation with sperm quality. Int J Fertil Womens Med 2000;45:236-40.
  5.  S.Banihani et al., (2012) Human sperm DNA oxidation, motility and viability in the presence of L-carnitine during in vitro incubation and centrifugation. Andrologia, 44, 505-512
  6. 山本ら、(2020)採精直後に抗酸化剤添加培養液を加えることによる精子所見および胚発生への影響。第38回日本受精着床学会学術講演会、P-8
  7. 山本ら、(2021)抗酸化剤添加培養液の有無は採精から精子調整開始までの時間と精子運動性の関係に影響を与えるか。第39回日本受精着床学会学術講演会、O-188